ディスペンセーションと契約の関係

時代を追うごとに見えてきた神様のご計画

  神様が私達人間に人類救済のご計画を啓示された時、最初からそのすべてを見せられたのではありません。そうではなく、時代を追うごとにだんだんと全貌を見せて来て下さったのです。その明らかにされて行く過程の時代ごとの区分を「ディスペンセーション 」と言います。 イエス様は聖書の中で「明けの明星」と表現されていますが、この明けの明星とは、明け方にだんだん明るくなる時に見えてくる金星のことです。そのように、神様の人類救済のご計画はだんだん明らかにされてきたのです。

  各ディスペンセーションには、神様がその時代ごとに与えられた契約が深く関与しています。その時代ごとの契約に従い、人間には、自分を含めた世界を管理する責任が与えられました。しかし、人の側がことごとくその責任を放棄して契約を破るので、神様は次なる救いの一手として、新たな時代と契約を人間に与えられたのです。

  大局に立って眺めると、神様は世界を一つの家(オイコス)に見立て、各時代ごとに契約としての法律(ノモス)を与えられ、神様を信じる人に世界を管理(オイコノミア)させようとしたと見ることができます。それは、神様の栄光が輝く最後の日まで続きます。

<ディスペンセーション(経綸、時代区分のこと)>

ディスペンセーションの考え方の重要性

 ところで、なぜこのディスペンセーションの考え方が重要であるかですが、それは聖書を読む時に 「読んでいる箇所がどの時代区分か」 ということを理解していないと、信者が御言葉を自分に適用させる際に混乱を引き起こしてしまうからです。 例えば、 今の時代の信者は「恵みの時代」に生きる者に対して書かれた部分だけを適用するべきであって、他のディスペンセーションの人々に対して書かれた部分は、霊的教訓や原則を学ぶことはできても、それを直接適用するべきではありません。

  ですから、旧約聖書のモーセ律法の部分などは、今の時代の私たちには適用されないのです。 この区分けがはっきりしていないと、” 安息日遵守 ” や、” 豚肉を食べてはいけない ” 等のモーセ律法について、ある人達は「今の私達にもあてはまるのではないか?」と考えてしまいます。ところが、そのように考える人の多くは、ある程度モーセ律法を自分に適用させようとしながらも、” いけにえを捧げる ” というようなモーセ律法の規定は行っていません。モーセ律法は、一つを守るのであれば全部を守らなければいけない性格のものです。それにもかかわらず、そのような矛盾が多くの教会やクリスチャン個人において起こっているのは、ディスペンセーションと契約の適用についてあいまいになっているからです。

  更に、これもまた重要な理解ですが、新約聖書の福音書でイエス様が生きておられた時代は、ディスペンセーションで言えば「恵みの時代」ではなく、「律法の時代」だということです。イエス様は公生涯において「律法の時代」を過ごされ、その時代に守るべきモーセ律法に忠実に生きられました。(*よくファリサイ派がイエス様に向かって「律法を守っていない」と攻撃したのは、口伝律法のことであって、モーセ律法のことではありません)ですから注意すべきは、イエス様が十字架で死なれる前までに言われたことは、「律法の時代」における教えが含まれており、すべてが今の「恵みの時代」の信者にも当てはまるというのは間違った聖書解釈だということです。今の時代の信者は、主に使徒言行録以降の信者の生活スタイルに従うべきです。また、バプテスマのヨハネやイエス様が「悔い改めよ、天の国は近づいた」(マタイ3:2、4:17)と言われたのは、「御国の福音」であって、イエス様の十字架以降の「恵みの福音」とは区別されることも注意しなければなりません。  *「御国の福音」と「恵みの福音」の違いとは

<ディスペンセーション主義の特徴>
1.聖書を比ゆ的にではなく字義通りに読む
2.イスラエルと教会を完全に区別する
3.「神の栄光が輝くこと」が最大テーマ

聖書にある八つの契約について

◆ 契約の種類~神様が与えられた契約方法は二種類ある~

1.条件付契約 (エデン契約、モーセ契約)  
  *人間の側が神様の約束を守ったら成就される契約

  この契約は、人間の側が神様の提示された条件を守ったら祝福が与えられるという約束です。その反対に、人間が神様の提示条件に従わなかった場合は、呪いと裁きがその人に下ります。

2.無条件契約 (アダム契約、ノア契約、アブラハム契約、 土地の契約、ダビデ契約、新しい契約) 
  *人間の側が神様の約束を守れなくても、神様が一方的に成就される契約

  この契約は、人間の側が神様の提示された条件を守れなくても祝福が与えられるという約束です。かつて、アブラハムやダビ デが信仰上の大失敗をしたにもかかわらず祝福が取り去られなかったのは、この神様による無条件契約のため です。そして今のクリスチャンも、新しい契約という無条件契約によって祝福を約束されています。クリスチ ャンであっても信仰上の失敗をしてしまうのですが、しかし、それでも救いの約束は取り消されることは無いのです。私たち は、この一方的な恵みへの感謝から、神様の言われることに喜んで従い、働こうとする者たちなのです。決して、「救いが奪われる 」という間違った教えの恐怖から神様のために働く者ではありません。救いの約束は奪われないのです。

◆ 契約の対象~神様が与えられた契約の対象はイスラエルに対してと全人類に対しての二種類がある~

1.全人類に対しての契約( エデン契約、アダム契約、ノア契約)

2.イスラエルに対しての契約( アブラハム契約、モーセ契約、土地の契約、ダビデ契約、新しい契約)

1.のエデン契約は、全人類代表のアダムが神様との契約(園の中央の木の実を食べてはいけない)を 破って、終了しました。アダム契約、ノア契約は、現在も続いています。

2.のモーセ契約は、イエス様の初臨によって成就(マタイ5:17)されました。アブラハム契約、土地の契約、ダビデ契約、新しい契約は、現在も続いています。